漫画ん全関

DRI:MOONのVocal&Guitar、関貴弘参上!関裸々に胸中を語る…か!?





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太陽にほえろ!

萩原朔太郎の「月に吠える」は全く知らないが、萩原健一の 「太陽にほえろ!」は幾分かは知ってる。
大人気若手スターのショーケンこと萩原健一と、超大御所スター石原裕次郎との二枚看板であり、新人刑事の成長を描いた青春ドラマとしてスタートした「太陽にほえろ!」。
…最近の「相棒」のロングランをも、今のところはるかにしのいでいる伝説の刑事ドラマ「太陽にほえろ!」。

そもそも、脚本が死ぬ程かっちょよく、「刑事物」を逸脱した人間ドラマを丁寧に描写する作品が多かっったと記憶している。
そして、多くの名シーンの極一部でありながらも、何十年も語り継がれる「殉職シーン」の数々。

松田優作扮する「ジーパン刑事殉職シーン」なんて、中一の頃から何か嫌な事や楽しい事があるたびに、いったい何回勝手根性物真似(思い込みが強過ぎて独り歩きした結果、オリジナルとかけ離れてしまった物真似)をしたものだろう。
だが、実は伝説の「殉職」も、ショーケンは演じていない。
「劇中で自分を殺せ」と言い、その後、若手刑事から山さんに至るまで結構殉職するという「血みどろの歴史」をスタートしたくせに。
ショーケン扮する「マカロニ刑事」の最期は、工事現場でタチションベンした後に、通り魔に刺殺されるという考えられない「被害者死に」である。びっくりである。
だが、その死に様によって、刑事も「極ありふれた一人間」であるという最重要なメッセージを告げている。そして、シリーズ中とても印象的に描かれた「初めての犯人射殺後のパニックマカロニ」をも思い起こさせ、「極ありふれた一人間のドラマ」を見事に完成させている。 これだけの事を初期にやってのけたからこそ、超ロングランの刑事ドラマとして成功をおさめたのではないだろうか。 まさに凄きこと太陽のごとし。


posted by 関貴弘 21:35comments(0)|-|





刑事モノ探偵

小説、漫画、テレビドラマ、映画等のフィクションの歴史の中で「刑事モノ」はなぜ不滅なのだろう。
実際に会って話した事もなく顔も知らないであろう人々が作りあげた「法律」を命掛けで守ったり破ったりするフィクションの刑事達よ。
その姿に、俺のように「何かを守る事」にずっと疑問を持ち続けながらも、憧れを捨てきれない面倒臭い者達はいったい何を見てきたのだろう。

〇刑事モノfail1
「刑事物語」邦画/主演:武田鉄矢
一番好きな映画は?と尋ねられたならこれだと答えてしまう。最初にそう答えてから二十年以上経ちいろんな映画を観て感動を繰り返してきたというのに。
理由は簡単だ。
主人公片山刑事が格好良いから。何故格好良いかというと強いから。何故強いかというと優しいから。何故優しいかというと寂しいから。
寂しいと哀しい。哀しいと醜い。醜いけど与える。醜さすら力に変えて必死こいて守る。必死こいてハンガーのような日用品を武器にしてまで守るべき者を守る。ハンガーを武器にするくらいだからやり過ぎる。やり過ぎて怒られ追い出され夜行列車で去って行く。
育ての親が刑事だから刑事として生きていく事にしたのか。他に生き方を知らないのか。本当に刑事にむいているのか。とにかく片山刑事は精一杯与え尽くして、それでも爪の先っぽ程の前向きな気持ちと共に夜行列車で去って行く。
唇をかみしめて。



posted by 関貴弘 06:32comments(0)|-|





再びあしたのジョー(漫画ん全関第一部完結編)

その男は、坐骨神経痛を発症してから約2ヶ月弱立ち上がれず、尚且つその患いを引きずったままステージに上がった。
そのステージに誘ったのは自分だ。
理由は、彼と彼のバンドに自分は凄まじい好意と憧れを抱いており、だからこそ全身全霊死に物狂いで闘いたいと思ったからだ。
かくして彼はその挑戦を受けてくれた。
しかもステージで唄うために全て新しい歌を準備して来た。病床時、余りに辛過ぎて、逆に最大限の力業を自分に課さなければどうにもならなかったと言うのだった。
素晴らしかった。
またしてもボコボコにされてしまった。
自分達はとてもじゃないが「ジョー」足り得なかったし、その男のバンド名は「ザ.ハリマオ」だが、自分の目には「力石徹」そのものだった。


posted by 関貴弘 13:36comments(0)|-|





マスターキートン

昔から存在を知りながら最近読んだ。
大変な漫画だ。自分流に言わせてもらえば、手塚漫画とさいとうプロ作品が合体したかのような娯楽性と社会風刺性、そして誰も成し得なかったんじゃないかという位丁寧な人間描写を併せ持ち、常にハッピーエンドに向かうストーリー展開に感銘を受けた。
斬新でリアルで複雑で予測しにくいが面白い、気持ちを温めてくれるようなハッピーエンド。
斬新でリアルで複雑で予測しにくいが面白い、一昔前に流行った無情なサスペンス漫画に、高等な技術と鍛え上げた腕力でカウンターパンチを打ち込んでるかのようだ。自分の正義を片手に、実は喧嘩腰で。
やっぱり、自分の正義を世に放つためには技術と力が必要なんだなあ。
大変だこりゃあ。
posted by 関貴弘 14:56comments(0)|-|





クローズとWORST

クローズとWORSTはすごい。
主人公が物語の中で最強でないのがすごい。最強ではないが最高なのだ。ここに対するこだわりがすごい。
登場人物が多いのがすごい。多いのに服装はおろか髪型まで変わる。鈴蘭、鳳仙、武装戦線、黒焚連合等それぞれのエピソードも多く、丁寧に世界が描かれているが、誰が誰だか絶対一読ではわからない。この複雑さが長寿の秘訣であり、外伝の完成度につながる所であり、だからこそ期待大だった実写映画化のおりにも原作にないエピソードでも説得力があったのだろう。
あと、月刊少年チャンピオン連載というのもすごい。
でも、何よりもほとんど女性が出てこない所がすごい。
posted by 関貴弘 14:18comments(0)|-|





続・ビーバップハイスクール

映画「あぶない刑事」にひめられた、恐るべき感動的事実とは。
仲村トオルは、当時ヒット作品「ビーバップハイスクール」と「あぶない刑事」を掛け持ちしており、「あぶない刑事」の中でこう言った。「自分は愛徳出身だ。」と。
ところが、愛徳出身者は、仲村トオルだけではなかった。じゃあ誰か?主演の舘ひろしだ。
舘ひろしは、デビュー当時、松田優作が教師役で主演の「暴力教室」という映画に、伝説のバイクチーム「クールス」のメンバーと共に、不良高校生役で出演している。その高校の名前が、「愛徳学園」だったのだ。
さらに、これは単なる偶然ではない可能性が高い。
なぜなら、ビーバップハイスクールの原作者きうちかずひろは、かなりの映画通であり、自身監督を務めた「ビーバップハイスクール 」の中のライブハウスのシーンで、元クールスのジェームス藤木を起用している。
つまり、原作の設定時で影響を受けた「暴力教室」の舘ひろしと、初期の映画版「ビーバップハイスクール」の仲村トオルが、「あぶない刑事」で共演しているという図式になるのだ。この事実は全くもって感動的だし、間違っても「 だから、何?」なんていわないでください。

posted by 関貴弘 22:23comments(2)|-|





ビーバップハイスクール? その1

言わずと知れたヤンキー漫画の老舗だ。
しかし今回はその実写映画に関する話。
原作者きうちかずひろ監督版が異常に好きなのだがそれではなく、仲村トオル主演版に関する話。というよりは、仲村トオルが当時同時期出演していた「あぶない刑事」の1シーンに関する話。

最近テレビ番組で、あるお笑い芸人さんが知る人ぞ知る当時のエピソードとしてこう語っていた。「あぶない刑事」の中で仲村トオルが何気ないセリフとして、「自分は愛徳出身だ。」と言っていたと言うのだ。「愛徳」とは、「ビーバップハイスクール」の主人公達の通う高校の名前だ。つまり、仲村トオルを介した「ビーバップハイスクール」と「あぶない刑事」のタイアップ効果を狙ったともいえるシャレの効いた遊び心溢れるシーンが存在したということだ。
正直俺は、そんなシーンがあったという「あぶない刑事」本編自体を知らない。知らないのだが、何気なくその芸人さんの話と「あぶない刑事」の他のキャストを思い浮かべたときに勝手にとんでもない事に気がついてしまった。「あぶない刑事に秘められたさらなる感動的な事実」に。ひょっとして劇中で既にその時語られているのだろうか?語られているとしたら、何を今更言ってるんだと笑われ、蔑まれても仕方がない事だ。
だがしかし、あえて云おう。長くなり疲れたので、次回云おう。
…続く。

posted by 関貴弘 02:20comments(0)|-|





戦国馬礼/黒背骨実角

俺は、この黒背骨実角(くろせぼねさねつの)という漫画家を知っている。
正確には、ペンネームの黒背骨じゃなく、本名の方の人物を知ってる。知ってはいるけど、プロの作家としてのプライバシーの問題もあるので、本名の人物像をそう容易く語る訳にはいかない。
例えば、黒背骨が男性か女性かすらもこの場では発表する事もままならない。
だから、当たり障りのないように、以下の事のみを言っておくに止まりたい。
1:常に面白い事を考え発言していた。
2:常に面白い場を求め過ぎたがゆえに合コンの時にいつも損をしていた。
3:あまりにも記憶力が悪く、損をした事など全く覚えていない。このように、作者の人物像など完全なる謎のままにしてしか紹介出来ないのが歯がゆいのだが、作品「戦国馬礼」はさらに謎だ。
物凄く強烈なインパクト、それを支える斬新なアイデアの数々、そして過剰なほどに熱く伝わって来るにも関わらず、全く意味不明なテーマ。
この作品が、漫画の新時代を告げる隠れた名作だとか言われるのは全く納得がいかないのだが、もしこの作品に対する適切な評価や感想を持つ人がいるのならば俺に教えて欲しいと思います。
そう言えば、もう弐巻が出ているかもしれない。弐巻は
posted by 関貴弘 00:12comments(0)|-|





ドラゴンボール

忘れられない一言がある。
それは悟空亡き後、最強凶悪のサイヤ人が1年後に地球にやってくる事に備え、悪の化身二代目ピッコロ(魔ジュニア)が、幼き正義の化身二代目孫悟飯に喧嘩が強くなる為の厳しい修行をつけている時の一言。
「恨むんなら自分の運命を恨むんだな。この俺のように。」
忘れられない位にかっこいいセリフだが、自分がこの一言を口にする機会は、多分ないだろう。無理矢理、脈絡なく突然に近所の公園とかで言ってみたりしたら、もう立派な変態オジサンなのでしょうね。
posted by 関貴弘 21:47comments(0)|-|





ガラスの仮面

これは、最早少年漫画だ。主人公北島マヤの根性が凄く感動的だ。普段は地味でスットコドッコイなマヤが舞台に立つと、荒らさんばかりに度を越した存在感を放つ。
そして、マヤを育てたり、見守ったりする二人。関係ない俺ですら「先生」呼ばわりする、おっかねえ月影先生。主人公の師匠は、実力と伝説と影がある方がかっこいい。
もう一人「紫のバラの人」。表の顔ではマヤに軽く嫌われながら、裏では正体を明かさずマヤを手助けしたり心の支えとなったりする「紫のバラの人」。 実は、名前を覚えてすらいないこの人に物凄く憧れた。いったいどんな段階を踏めば「紫のバラの人」になれるのか?公の場でこんな事言うような奴には到底無理な話なのか?それでもいつかきっと「紫のバラの人」になれますように。その為には、まず自分が根性を出しますように。
posted by 関貴弘 23:07comments(0)|-|