漫画ん全関

DRI:MOONのVocal&Guitar、関貴弘参上!関裸々に胸中を語る…か!?





スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

posted by スポンサードリンク |-|-|





コブラ

男らしいって何だろう。俺なんて車庫入れは下手くそだし、指笛は吹けないし、魚の名前もあまり知らないし、拳銃を撃った事もない。とても男らしくない。
だが、コブラは違う。どんな恐ろしい敵を前にしても、ジョークを交えつつ、尚且つ自分の感情に嘘をつかない。利腕でありながら義手の左腕の中にサイガン(精神銃)を仕込み、その威力たるや、調子に乗ったら宇宙船は愚か、惑星すら吹っ飛ばす事ができる。己の情熱が、熱となり光となるサイガン。10年位でぶっ壊れるサイコガン。それはそれは男らしい。だが、サイコガンは常人が撃ち続けると精神がボロボロになるという両刃の刃でもある。当然、俺なんかが撃ち始めたら、3発位であしたのジョー最終回の時のホセ・メンドーサの様に一気に老人化するだろう。
だから、サイコガンなど全く要らないし、男らしさもとりあえずちょびっとでいいです。
posted by 関貴弘 02:42comments(1)|-|





サザエさん

とてつもなくご無沙汰です。
復帰して早々こんな事を言うのもなんだが、もし理想のタイプの女性は?と聞かれたら、当然俺はこう答える。「サザエさんが好きな人です。」と。 サザエさんみたいな人じゃなくて、サザエさんが好きな人だ。何故か?勿論大した理由などないが、小さいころから原作本に魅力を感じていた。あの絵に。表紙の絵もとても綺麗だ。アニメとは一味違う。漫画では、カツオはアニメ同様狡猾な男だが、ワカメやタラちゃんが違う。アニメの様に人格者ではなく、単にいつも腹を空かせ食い意地のはった餓鬼なのだ。そこがいいのだ。野獣の様なワカメとタラちゃん。野獣生きるべし。そんな、サザエさんの原作本を持つ、野生味溢れる女性が好きです。
posted by 関貴弘 21:04comments(0)|-|





ぷりぷり県

吉田戦車原作の最初で最後の「県漫画」だ。主人公つとむが「ぷりぷり県」という、特産物から名物料理、風習など全く有り得ない個性を持つ架空の県出身で、尚且つ凄まじい愛県者。そのつとむが東京でサラリーマンとなり他県出身者と所狭しと暴れ回り、さらに地方に出張しては帰れなくなるくらい暴れ回るという、不思議で痛快な漫画だ。 実はこの程、大阪の岸和田に出張した。東京からの助っ人という事で地元の人達と作業したんだが、俺がちょっと話すと、直ぐ様「関さん、どこ出身ですか?」と何人にも聞かれた。完全に東京者として接していたのに、もう人生の半分は東京に居るのに東京出身とは見なされなかった。それこそ話して1秒くらいで。でも東京出身ではないので当然「茨城県です。」と答える。一応、大阪なので大阪の「茨木」と区別するために「県」をつけて。すると「え?茨城ってどこですか?」と返された。 「ぷりぷり県」も作品中ではそんな扱いだった。俺は全く愛県者じゃあないから「茨城って何処ですか?」と言われても「北関東、千葉の上、福島の下です。」と応え、さらに「ええ?わからんなあ。」と言われても
別に全く腹など立たないのだが、つとむは違う。ぷりぷり県の為なら平気で他人の頭を叩いたり撫でたりする。何故ならつとむは「ミスター県野郎」だから。まあ、全く何を言いたいではないのだが、岸和田の人達は言葉から何から何だか雰囲気が良く、そして、つとむもやっぱり良いなあと思い、俺も自分の中の「茨城メンの血」をわずかばかり感じましたよとでも言えば御納得頂けるだろうか。そしてさらには、全国統計で茨城が不人気県のNo1である事も、なんだか良いなあと思った。日本で一番最初にラーメンの原形を食ったという黄門には大拍手だが。
posted by 関貴弘 21:00comments(4)|-|





はじめの一歩〜活人のコブシ〜

俺は「はじめの一歩」が好きだ。かつていじめられっ子であった主人公が凄まじい努力の末プロボクサーとなり日本チャンピオンになった。元来、足腰が強くパンチ力という才能も備わっていたが、勝ち進むためにやはり凄まじい修行をしていた。そして勝った試合は全てKO勝ちというダイナマイトパンチなんだが、あるとき誰かがこう言った。一歩の強力な一発で試合には負けたが、何故かもっともっと強くなろうと立ち上がりたくなる、と。即ち幕の内一歩のパンチは活人のコブシであると。最近、札幌から全国ツアーにやってきたTHE武田組というバンドとタイバンしその圧倒的なパフォーマンスにメッタ打ちにされた。だが、まだまだやってやろうと思えた。彼らも自分らはまだまだですと言っていた。やっぱり上を目指して前に進むために凄まじい努力をしているから。これもまた活人のコブシだ。そして当然そのコブシは彼らの歌声の中にあり無茶苦茶まわっていた。これからだ。
posted by 関貴弘 17:05comments(0)|-|





続「タッチ」

スゲエ。なんと25日ぶりだ。何やってんだ俺は。もう誰もこれを読んでないだろう。即ちこれはもはや今トレンディなツイスターなるものなのであろう。ここしばらく仲良しの先輩の事でなんだかんだ考えており、この「タッチ」の感想作文どころじゃなかった。だがしかし、それこそが間違いだった。今こそ「タッチ」だった…。
簡単に言えば、最強の双子の兄弟の高校野球と幼馴染みの女にまつわる話だ。優秀な弟「和也」が、幼馴染みの女「南」が甲子園に連れてってくれというので頑張っていたが、その途中で若くして他界。それを怠け者だった兄「達也」が引き継ぎ甲子園を目指してこれまた頑張る。問題は達也編になってから登場する監督代行の柏葉えいじろうだ。彼もまた元高校球児であり、さらに優秀な高校球児の兄えいいちろうがいた。病に倒れた監督は教え子であるその兄弟のうち、兄ではなく弟の方に代行を頼んだ。えいじろうはヤクザみたいな風貌で、その言動からは一抹ならぬ不信感が漂っており、監督は兄と弟を間違って後任したのではというギクシャクした不安感の中でドラマは進んで行く。そして互いに優秀な兄や弟を持ち比較されながら生きてきたえいじろうと達也のやりとり。優秀な弟が死んでくれて南ちゃんとの間に邪魔者がいなくなって良かったじゃないかというえいじろうに珍しく本気で怒る達也。普段ひょうひょうとしていて滅多に自分の感情を外に見せない達也の怒り。かつて俺が髪型を類似させたヒロイン南ちゃんと弟和也との三角関係の中でその感情がなきにしもあら
ず。と感じられた。だが、各々兄弟にまつわる発言は違えど二人とも兄弟思いの心優しき魅力的な人物だった事がどんどん描写されていく。その辺は参照して下さい。ところで俺には生まれてこなかった兄と、優秀というよりは豪傑に生きている姉がいる。姉は優秀かつ豪傑でなんだかドイツ人みたいな顔立ちだが、兄は見たことがないので余計に想像し創造する。そして生きている赤の他人にその像を求めて止まない。今まるで元気がないであろう前述の仲良しの先輩にもそれを求めちまう。多分生まれてこなかった兄が生まれていたら今の俺とおんなじだと思う。速攻で弱音を吐き速攻で立ち上がろうとするがそのスピードは二倍どころか三倍四倍いやさ百億万倍はかかる。自慢じゃないがそのくらい弱い。だが周りに待っててくれる人がいるので嘘ついてでも立ち上がらなければならなく、それで無理がたたって歪んでゆく。でも、ゆがんだりひずんだりするのがロックだと思う。無理して立ち上がって頭も体もギーギー鳴ってるのがロックだと思うしそう思いたい。でも自分がそんなロックの人であるとはあんまり思えない。そんなタフガイだとは未だ思えない。でもロックの人とは
、そんな人だと思うしあくまでそれを目指す。
何故かタッチからロックの人の話へ。時間なので本日のツイスター終ります。
posted by 関貴弘 21:37comments(2)|-|





タッチ

あだち充の作品はとにかく読んで損はなかった。そして、ある意味つげ義春並の勝手さを感じた。他には有り得ない「独特な空気感のもたらす安堵」を感じた。そして「勝手」即ち「勝つ為の手段」と信じたい。たとえば、勝手にどん底世界を自分の周りに設定し、勝手に人を恨んだとしても、そこから勝手にそれを恥じ反省し、さらに勝手に誰も見てないところで日本刀を研ぐように削り擦り減らしながら新鮮な自分を準備したい。勝つ為の手段とかいって何に勝ってるのかまるで解らないが、退屈な自分には勝ってるかもしれない。まあ、またしても何が言いたいのか忘れたが、とにかく自分にとっては、あだち充作品のなかでも「タッチ」は特別だ。果たして何が特別なのか?かつて自分が、ヒロインの浅倉南、通称「南ちゃん」みたいな髪型しやがって と数人に言われた過去があるからだろうか?昔のロックの髪型を目指し、微妙に失敗すると南ちゃん化してしまうのだ。他人に指摘されるとこれまた微妙にショックだ。そして勝手ながら時間が来たので次回、何故「タッチ」が特別なのかを云う事にします。
posted by 関貴弘 00:15comments(1)|-|





続・新カラテ地獄変

「敗けた。…そのわからなさに。」―戦後、日本人実戦空手家大東徹源が、日本空手選手権で優勝するもそのあまりの狂暴的強さから日本空手会から追い出され、最強を求めて海外に旅立つ。アメリカのリングでプロレスラーやプロボクサーと激闘するために。そこで中国拳法の達人白月王と出会う。白月王はアメリカのプロレス界に乱入し中国拳法の強さを知らしめ全米に道場を展開するもくろみだったが、当然アメリカプロレス興業を仕切り大東とも繋りのあるマフィアと敵対し、奥さんを酷い目にあわされ、さらにその報復に出る。マフィアの幹部の奥さんや娘達を誘拐し酷い事をしようとする。それを単身追いかけてきた大東に邪魔され、大東徹源と白月王の対決となる。確かアリゾナの荒野であり、マフィアの家族も未だ秒単位で危険が迫っている最中での決闘。前に出て攻撃する大東空手に対して、完全なる守りから完全なるカウンターを繰り出す白月王の中国拳法では、危機迫るマフィアの家族を助けなければならず時間の無い大東が圧倒的不利であった。だが、そこで白月王の足元に毒蛇が忍びよる。大東は毒蛇を蹴り殺す。自分への攻撃と勘違いした白月王のカウンターを
浴びながら。そこで白月王、「なぜ敵である私を助けた?」。そして大東、「私にもわからぬ。さあ、続けよう!」最後に白月王、「敗けた。…そのわからなさに。」。そしてマフィアの家族は助かり、一応一件落着する。先ず、今回特筆してはいないが、この漫画の中で大東徹源は無敵の強さだったのに、白月王には叶わなかった。だが白月王は敗けた と言った。俺の拙いあらすじ説明では何故こうなったのか解らないかもしれない。だからそんな時には本編を参照して貰いたい。探せばあるし、読んだらきっと解るさ。いや訳分からないかも。そしてこの訳分からないやりとりをいい歳こいて自分ももう一人と時々やっている。唄うステージでのタイバンでもって、頼まれもしないのに勝手に二人で勝負する。そういう事の出来る宿敵がいる。その名も「よしひでろう」。大阪からやって来て東京のライブハウスをのっとり道場を開きにやって来る。下手したらラーメン屋をも開かれるかもしれない。そして今回、俺が対決することはないが、逆に俺の嫁が俺を裏切ってよしひでろうの侵略に加担する。恐るべし、よしひでろう。これも参照して貰いたい。このようにして人生は
ところどころ楽しい。
posted by 関貴弘 02:06comments(1)|-|





新カラテ地獄変

この作品の評価ははっきり言って低い。梶原一騎原作・中城健作画。十年位前にテレビで梶原一騎の歴史を特集する番組がやってたので当然観た。その時梶原のスランプの時の作品として紹介されていた。アイデアにつまるとヤクザを出したり女性を丸裸にしてその場をしのいだとナレーションされていた。それに対して「はあ?」というよりは、映画「ブラックレイン」で、アメリカの街中のレストランのシーンだが、あくまで日本のヤクザ同士のやりとりなのに日系の役者さんの日本語のセリフ「アイッカワラズノヒヨッコダナ!」の拙さそのものにぶちきれたかのように見える松田優作の「あ゛?」だった。先ずヤクザや女性の丸裸出して何が悪い?小学生の時に田舎の古本市で出会った時には確かにびっくりしました。中城健の「これこそTHE劇画絵」による人物描写のエロさと梶原の難しい漢字のエロさ。「なぶる」は男女男 る。その漫画本には盗まれた警察拳銃38口径リボルバー並の重さと隠さなきゃ感があった。だがそれだけじゃない。全然それだけじゃない。自分にとってはこの作品は最高にカッチョイイのだ。次回それが何故なのかを云います。
posted by 関貴弘 07:40comments(0)|-|





味いちもんめ

カッチョイイ漫画はジャンルがありながらもジャンルを越えると思う。「味いちもんめ」はグルメ漫画というジャンルに当てはまるかもしれないが、何故かそれを忘れてしまうくらい「人間ドラマ」だ。そして個人的には「人間ドラマ」に冷静かつ鋭いリアリテイたけでなく、語り手の人間を視る目の優しさを求めてしまう。ドラマは創り出せる。現実だけに囚われない「こうありたい。こうあってもらいたい。」というような勝手に信じる真実をでっち上げても良いとさえ思っている。逆にノンフィクションドキュメンタリーだって、それを伝える者が腹をくくり、責任を持ち、胸をはらなけりゃ、結局「話半分」「やらせ」扱いされるんじゃないかな。あべ善太と倉田よしみの「味いちもんめ」には、伝えるべきドラマに対する凄まじいまでの責任感を感じる。主人公伊橋が、自信過剰で軽薄な印象すら受けるヤンチャな追い回しから、日本料理の修行を通じて、誠実な中堅料理人へと成長していく。とにかく様々な人達と関わって教えられ助太刀しながら成長していく。想えば、子供向け古典の歳をとらない、成長しない主人公の出てくる漫画は大キライだった。この前のあれはなんだ
ったの?って感じだった。マンネリの美学とやらで人間的で愚かな事を繰り返し繰り返し笑いと安堵を売り捌き長生きしてロングラン。成長したらいずれ死ぬしドラマは終わる。でも終わるから始められる。あべ善太は、伊橋を惜しげもなく成長させながらドラマを終わらせる事なく亡くなられた。惜しいというよりは凄い。「こうありたい。こうあってもらいたい。」ドラマを責任を持って創り続けた。例によって何を言いたいのかとっくに忘れたが、何だか自分もこうありたい。ドラマは創り出せる。
posted by 関貴弘 00:35comments(1)|-|





ろくでなしBLUES/池袋葛西編と極東川嶋編

とにかく喧嘩しながらよく喋る。プロボクシング世界チャンピオンを目指してる主人公前田は高校三年まで不良喧嘩を満喫しているかのように思えた。ボクサーとしてリングにあがったならマウスピースをしているから腹話術師でもない限り、そんなには喋れないと思う。だが喧嘩なら何でもありらしいから喋る事も武器に出来るなら有効なんだろう。だけど、前田の場合、敵をある程度「本当は英雄なんだろ!」と言わんばかりに、不利な状況に於いて喋りながら闘う。不利なのに核心を見極められるからやっぱり勝つ。かつて大竹まことが、「一番圧倒的な奴が一番優しくなければならない。」と言ってた。何で、急にそんな凄く、素晴らしい事を大竹まことが言うんだと思ったが、今現在自分の中でそれよりも心に食い込むセリフは極めて少なく「ありがとう」「いただきます」「さようなら」「オネエサンヒューヒュー!」等の老舗最高セリフにも負けずとも劣らないのだ。そして、何が言いたかったかは忘れたが、とにかく前田は喋るし勝つのだ。自分と敵の為に。

posted by 関貴弘 09:30comments(0)|-|